はじめに
1980年(昭和55年)10月に北海道駒ヶ岳周辺の4町1村(森町・砂原町・鹿部村・南茅部町・七飯町)が駒ヶ岳火山防災会議協議会(会長:森町長、事務局:森町)を設立してから、はや四半世紀が経過しました。 設立のきっかけは、噴火湾をはさんだ対岸の有珠山が 1977〜78年(昭和52〜53年)に噴火し、駒ヶ岳周辺町村の防災課の間で「おらが山は大丈夫か?」の気運が高まったことが始まりです。 平成の大合併により、協議会の構成町である南茅部町が函館市と合併、森町も砂原町と合併し、協議会の構成市町は現在1市3町(函館市・森町・鹿部町・七飯町)となりました。
当協議会では日本ではじめてハザードマップを作成・発表するなど、さまざまな事業に取り組んでいます。防災ポスターやハンドブックはこれまでに9回発行し、最近は各種資料の電子化を進めるなど、数多くの資料を残しています。
これらの啓発事業が試されたのが、1996年(平成8年)3月5日に発生した小噴火で54年ぶりの噴火でした。その後の数年間でも小噴火が散発し、昭和4年大噴火前の火山活動に類似しているとの指摘もありましたが、 2000年11月の噴火を最後に、現在まで静穏な状況を保っています。
「山が静かな時にこそ」の合言葉が一つの形となることを願って、平成17年度の協議会年間事業報告と次年度の事業計画などを紹介する「駒ヶ岳火山防災会議協議会だより」を、年間活動の締めくくりとして作成しました。
噴気の上がる昭和4年火口、奥は剣ヶ峯
1980年(昭和55年)10月に北海道駒ヶ岳周辺の4町1村(森町・砂原町・鹿部村・南茅部町・七飯町)が駒ヶ岳火山防災会議協議会(会長:森町長、事務局:森町)を設立してから、はや四半世紀が経過しました。 設立のきっかけは、噴火湾をはさんだ対岸の有珠山が 1977〜78年(昭和52〜53年)に噴火し、駒ヶ岳周辺町村の防災課の間で「おらが山は大丈夫か?」の気運が高まったことが始まりです。 平成の大合併により、協議会の構成町である南茅部町が函館市と合併、森町も砂原町と合併し、協議会の構成市町は現在1市3町(函館市・森町・鹿部町・七飯町)となりました。
当協議会では日本ではじめてハザードマップを作成・発表するなど、さまざまな事業に取り組んでいます。防災ポスターやハンドブックはこれまでに9回発行し、最近は各種資料の電子化を進めるなど、数多くの資料を残しています。
これらの啓発事業が試されたのが、1996年(平成8年)3月5日に発生した小噴火で54年ぶりの噴火でした。その後の数年間でも小噴火が散発し、昭和4年大噴火前の火山活動に類似しているとの指摘もありましたが、 2000年11月の噴火を最後に、現在まで静穏な状況を保っています。
「山が静かな時にこそ」の合言葉が一つの形となることを願って、平成17年度の協議会年間事業報告と次年度の事業計画などを紹介する「駒ヶ岳火山防災会議協議会だより」を、年間活動の締めくくりとして作成しました。
噴気の上がる昭和4年火口、奥は剣ヶ峯






